静岡県静岡市「丸子宿 / 丁子屋」
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〜静岡県静岡市「丸子宿 / 丁子屋」

丸子(まりこ)宿の歴史は古く、開設は鎌倉時代までさかのぼります。鎌倉御家人 手越家綱が奥州藤原氏の倒滅の恩賞に駿河国麻利子村を賜ったそうです。その後鎌倉幕府に宿場開設を願い出て認可されたと言われているそうです。(文献より)ここ丸子宿は静岡市の北に位置し国道1号線と平行または交差しながら続く旧東海道の安倍川沿いから少し西に栄えた大きな宿場町です。このページはそんな丸子宿の中で代表的な名所の一つである「丁子屋」を主に紹介致します。

静岡県静岡市の北部に位置するここ「丸子宿」読みは「まりこ」は東海道本線「安倍川駅」と横を流れる「安倍川」を基点に国道1号線と平行して続いています。新道がかなりの広さと交通量でうっかり通り過ぎてしまいそうです。車で行っての話ですが・・・・東から安倍川を渡り程なく「丸子宿」に入ります。馬頭観音を左手に見て暫く歩きますと当時の雰囲気が残る一角がこの「丁子屋」界隈です。
写真の通り、茅葺き屋根に蔦の絡んだ緑の入口が風情豊かな「丁子屋」です。この日も大勢の観光客で賑わっていました。

重厚な茅葺き屋根の軒先にはおそらく朝顔?であろう蔦が一層の雰囲気、風情を強調するかのように絶妙な色彩バランスを我々に見せてくれています。軒先の一角には朱色の鮮やかな縁掛を配し当時の旅人達もこの様な雰囲気の中で一服の一時を楽しんだのではないでしょうか。茶、緑、朱、白の画像的にも絶妙のバランスを写真で表現したかったのですが・・・・・訪れたはこの日は異様な位暑い日で次々と訪れる観光客達も次々と涼を求めて「丁子屋」の暖簾を潜っておりました

文献ではどうなのか知りませんが「鞠子宿」が正式な呼び名ではないでしょうか。「鞠」の字の奥深さが私的には好感を持ちます。「丁子屋」入口付近に建てられているこの石碑は茅葺き屋根と相まって一層の風情を醸し出していました。この他、「丁子屋」右肩付近にも幾つかの石碑が見られましたが、これといった説明書等が無かった為詳細は次回の取材に!
暑い夏のひととき、家内と二人で歩いた路地とこの「丁子屋」は確実に私の思い出のひとコマに書き加えられました。

「丁子屋」の藍染め暖簾。名物・創業慶長元年という字を暖簾の右側に配し、左端に屋号、そして中央に左読みで「とろろ汁」と藍染めの生地にくっきりと白地で書かれています。実の所、私自身はこのような字体に興味があり自分では書けませんが「書」に格別な思いがあり、訪ね歩いた処処で気に入った字書かれているものがあると収集する癖があるのです。

開き戸をズリッと開けて私たちが通された処は入口を入ってすぐの畳の部屋でした。少し暗めの当時の面影を残した広間には今は懐かしい「囲炉裏」があり奥手には今では見られなくなった「蓑」も掛けられていました。芭蕉さん部屋と名付けられたこの部屋の他、奥手には江戸時代に使われた道具類、籠、小物などが展示されており、食事の合間に見学をする事ができます。更にその奥にはここと同じような広間があり、離れのような雰囲気で食事を楽しめるとの事でした。

昔はこのような情景がよく見られたものです。
道端に行商のおばちゃんが店を広げて、近所のまたしてもおばちゃんが2〜3人で おしゃべりをしながらの買い物を楽しむ、あって無いような商品の値段・・・・ 交渉次第ではかなりの値引きが可能とくればおばちゃん方の熱の入れようが理解 できそうな気がしますね(笑)


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