三河の小京都 愛知「西尾」
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〜三河の小京都 愛知「西尾」

初秋には珍しい秋台風接近を避けての散策でした。    バーチャル町並み散策

どんよりとよどんだ天候の中、東名高速をで岡崎インターを目指します。三河湾ほ中央付近に位置する西尾市は岡崎ICより約45分の位置にある。ここ西尾市は三河の小京都と称され、今回の散策で初めて知ったが抹茶の生産では日本一として知られているそうです。

のどかな田園風景を抜けると名鉄西尾線と平行に走るが、程なく西尾市の玄関口である名鉄線西尾駅にたどり着きます。
今回はこの西尾駅を基点に散策と考えていましたが、車を停めるポイントがなく、やむなく少々距離はあったが、資料館のある西尾城址歴史公園を基点を変更しました。
台風接近のせいなのか小雨がぱらつく中、早速散策の開始です。
車を停めた歴史公園内にある西尾城本丸丑寅櫓や京都の近衛邸内にあった建物の一部、書院と茶室を移築した旧近衛邸、二の丸御殿への正門である鍮石門を見学し小雨の中を進みます。

整備された歩道を市街地方面と足を進めます。

駅方面に少し戻ってすぐの左手に太鼓門跡、道路を越えて中通り方面に進むと大手門跡にでます。この辺は中町を含めて町屋が多く当時の侍たちの消費生活を支えたとの事です。
所々に軒先の低い建屋が存在し往時の通りの面影を垣間見ることができます。

中町界隈を散策しつつ更に進むと馬場町、大給町(おぎゅうまち)、肴町(さかなまち)と昔ながらの町名を残した界隈でかつての城下町を偲ばせる路地に出逢えます。
なかでも順海町(じゅんかいまち)あたりの路地は西尾市で最も城下町の面影が残っている通りが現存し石垣と塀、緩やかな勾配と路地の曲がりがなんとも言えない情緒を醸し出しています。
大給町(おぎゅうまち)や瓦町にはいくつかの寺社がありますが、ここ西尾市の市街地は細い曲がりくねった路地が多く点在していて地図なしで巡り歩くと必ずと言って良いほど道に迷います。そんな時に案内地図に載っている寺社の名前などで、なんとか自分の位置を知る事ができます。そんな出来事もいい思いでになります。

天王町通りを肴町方面に戻るように進むとに西尾市を代表する路地にあげられる碓法寺と崇覚寺に挟まれた順海町の路地にでます。この順海町の名は碓法寺の僧、占部順海から付られたとの事で黒い板塀と茶色の石垣がなんとの言えない風情です。

細い路地を斜め横、縦横にと、彷徨うように進むと近代的に整備された中央通りに出ます。
狭い路地を抜けたところが丁田門跡。ここから先は塩町と吾妻町、この界隈は商人の蔵作りが多い町で古びた蔵や今でも営業している味噌醤油の製造業者があります。
そんな蔵路地を抜け、西尾で有名な四九朝市が開かれる「みどり川」の三条橋を渡ります。このみどり川には三条橋のほか二条橋や四条橋、五条橋と京都ゆかりの橋の名前が付けられていて小京都と言われる由来となっている事を知る事ができます。

三条橋を渡り駅方面に足を進めるとノストラジックな風景が目に飛び込んできます。
西尾劇場’(下部写真)・・・赤や黄色の原色を使った色鮮やかな奇抜なポスター、手書きで情緒のある看板、どれをとっても懐かしく古き良き時代を偲ばせる昭和レトロの世界が所狭しと詰め込まれた劇場です。

この西尾劇場は終戦直後には洋画専門、昭和26年から東映、日活、大映作品を上映、現在は東映中心に上映しているとの事でした。
劇場入り口には子供たちや観光客に人気の駄菓子コーナーもあり所狭しと並べられた昔懐かしい駄菓子に目を奪われます。この日は土曜日であったせいなのかお客さんも少なく劇場を支える青山さんが雑誌や新聞などで取り上げられた事などを詳しく説明してくれました。400円ほど駄菓子を購入したら、おまけを頂いたことなども思い出となりました。


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