爺ちゃまのあちこち見てある記「時代屋」
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〜温故知新の町 岡崎市
岡崎の町は徳川家康ゆかりの地。
市内の中心部に位置する岡崎公園には岡崎城をはじめ桜の木々が所狭しと植えられていて春の行楽シーズンには多くの観光客で賑わいます。
ここ岡崎の町は岡崎城をぐるりと取り囲むように街道が走っています。二十七曲と称する街道は徳川家康の命によって岡崎城主となった田中吉政が軍事的に有利となるようにと整備し城下町の防備を強固なものにしたとの事です。
今回は曲がりくねった二十七曲の街道を逆方向に辿ってみました。
東名高速を降りてから国道1号線を名古屋方面に進みまずは岡崎公園内の駐車場を目指しました。 おりしもこの日は徳川家康祭りと桜祭りでごった返していてかなりの待ち時間を要してやっとの思いで駐車する事ができました。
(右写真:岡崎公園脇を通る歩道上の敷石の絵)
待つこと数十分余り、無事駐車を終え公園を出て国道を名古屋方面へ進み、観光ガイドでも定番の「八丁味噌の郷」を目指しました。
八丁蔵通りを散策しつつ白壁がまぶしい資料館八丁味噌の郷に到着。正保年間創業、角久(カクキュウ)の入り口には無料でガイドをしてくれるガイドさんが待ち構えていてお土産の味噌まで頂けて嬉しいひと時を過ごす事が出来ます。
数十人が集まるまで少しだけ待ちましたが、ほどなく構内案内が始まりました。女性のガイドさんに案内され構内を進むと黒と白のコントラストが素敵な明治期に建てられた豪壮な味噌蔵が見えてきます。
その蔵の一つが「資料館八丁味噌の郷」として商いの貴重な資料や製造過程や道具類を展示し公開しています。ぞろぞろと一行を従え更にガイドさんは奥に案内していきます。ちょっとした部屋位ありそうな大きな樽が目に飛び込んできました。
一樽6トン、その巨大な樽があちこちに置かれていて、さながら自分が小人になったような錯覚に陥りそうな感じでした。
味噌蔵の内部は香ばしい香りが漂いその薄暗い蔵内を縫うように進むと樽の上に玉石が山のように積み上げた異様な光景を目にします。(左最下部の写真)
およそ3トンもある重石に抑えられ、二夏二冬、静かに味噌にと発酵する味噌蔵が光さす別世界のように見えたのは私だけのようです。なぜなら数十人もいた観光客の誰一人としてカメラを向けている様子がなかったからです。
ともあれ、グルリと一回りして元に戻り定番のお土産(味噌カレー?)を購入し、再び二十七曲の散策となりました。
八丁味噌の郷を跡にして国道1号線を巨大な歩道橋(左側写真は歩道橋の上から東名インター方面を望む)を渡って田町界隈にでます。
二角ほどの路地を曲がり魚町にでて少し左手に入ると江戸時代から綿打ち業を営む家の貴重な看板(唐弓弦)を目にする事ができます。
貴重な看板を見た後はさらに数角を階段状に曲がり進むと赤煉瓦と白の石作りの岡崎信用金庫資料館があります。(上段左下の写真)
この資料館は大正6年、岡崎銀行本店として建てられた今でも新鮮に見えるレンガ作りのモダンな建物です。
町歩きは慣れているはずなのですが、この日は久々の散策で少々疲れ気味!そのまま国道に出て岡崎資料館を見学する予定でしたが、お腹も空いていたせいか途中であきらめてふらつく足で岡崎公園へ逆戻りとなりました。
その頃、岡崎公園の横を流れる乙川河川敷では徳川家康が率いる軍勢がさながら戦を再現するかのように鉄砲での発砲実演をしていました。桜祭りの主役はやはり桜、岡崎城のお堀に植えられた数百本の桜がほぼ満開を迎えて風景を桃色に染めているのは圧巻です。
この岡崎の中心部の町並みは、昭和20年の大空襲でほとんど消滅して二十七曲の道筋だけが残ったそうですが、街中のあちこちには今でも往時の面影を残す数々の遺産を垣間見る事ができる古くてモダンな町並みでした。
アクセス:名鉄本線東岡崎駅またはJR東海道本線岡崎駅下車。
マイカー:東名岡崎インターから。
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