窯垣の小径、陶磁器の街「瀬戸市」
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〜窯垣の小径、陶磁器の街「瀬戸市」

8月のうだるような暑さも心なしか少し弱まった感じがします。

2006年9月に入って初めての休日9/3(土)に陶磁器で有名な愛知県瀬戸市を訪れました。瀬戸市観光の基点中心とも言えるミュージアム「瀬戸蔵」に車を停め早速、街歩きを始めました。
ここ瀬戸は「瀬戸もの」と言われているくらい、陶磁器では有名な地、やきものの街として全国に知られています。瀬戸蔵を出て川を隔てたところにある陶磁器販売の老舗「丸一国府商店」は観光スポットの一つ、丸に一の文字がトレードマーク、軒先の数段高いところで目立っていました。緑色も鮮やかな暖簾をバックに記念撮影をして更に進みます。
瀬戸蔵で入手した観光地図を片手に点在するスポットを探りながら、今回散策の目玉である窯垣の小径を目指します。
地図の最奥に位置する窯垣の小径は江戸時代に数多く存在した登り窯の荷車や天秤棒で陶磁器を運ぶ為に不安定な山道を登り窯で使用した棚板や陶柱などを補強材として使った情緒のある生活小径です。今では観光の目玉となっています。
最終目的の小径は後の楽しみとして、丸一国府商店をグルリと回り込み裏路地を進み瀬戸の市街地を見渡せる小高い丘に立つ「無風庵」を目指しました。
蝉の声がゆく夏を惜しむかのようにけたたましく鳴くなかを緩く涼しげな木立の間を抜けると茅葺の建物が見えてきました。
この無風庵は小原村から寄贈されたもので草葺き入母屋造りの古い建物を修復し地元の方達で運営している休憩所でこの日も気のよさそうなおばちゃん(失礼)が冷たいお茶と観光案内をしてくれ、楽しいひと時を過ごさせてくれました。
無風庵を後にしてうっそうと茂った木立の間を抜け坂を下ると住宅街に出ます。少し広めの道路を突き抜けて坂を少し下ると陶製梵鐘のある法雲寺があります。太平洋戦争末期に戦争の為に全ての金属製品を取り上げられた為、やむなく陶で梵鐘(つりがね)を作った経歴があり全国で唯一のこの法雲寺に残されているものを見る事ができます。
法雲寺のお隣りには国の重要文化財に指定されているこれまた珍しい陶製でできた狛犬を見る事ができます。深川神社と陶彦神社が隣り合わせで奉られており地元の信仰の源となっていつようです。
深川神社の参道を南に下ると地上にあるのに地下街と称する全長数メートルの変り種商店街がありました。昔の懐かしい写真を見ているかのような、そんな雰囲気のある風景に出会えます。
更に瀬戸では定番の陶磁器で飾れた珍しい橋を渡ると郷土玩具から骨董、日用雑貨に至るまで数千点の招き猫コレクションを見る事ができる日本最大の招き猫専門博物館「招き猫ミュージアム」があります。
常設展示と企画展示が行われており猫好きの方には見逃せない観光スポットです。スペース29と銘打った一階フロアには様々な作家の特色のある招き猫が販売されていて、私達はしゃれて可愛らしい箸置きを購入しました。またここはカフェもあり一息つくこともできます。隣にはミュージアムショップも併設されていて廃絶した珍しい招き猫の精巧なレプリカやさまざまな招き猫ミュージアムオリジナルの招き猫グッズを入手することもできます。
ここ瀬戸は散策マップと道路に記した陶板でできた道しるべで散策することができます。路地の色と陶板を辿って東に進みますと、いよいよお目当ての小径へと近づいていきます。軽自動車くらいしか通れそうもない狭い路地を抜けると小高い丘へ続く窯垣の小径へと進んでいきます。
左手に宝泉寺を見て馬頭観音を通り過ぎるといよいよ小径へと入って行きます。幅1メートル足らずの小路は薄い茶色の砂材で舗装されていて非常に歩きやすくなっていました。この窯垣の小径のある洞町は二つの山が迫った谷間の町、往時はその山の斜面を利用して登り窯が点在して瀬戸の陶磁器生産の中心地のひとつとなっていたとの事です。
この洞町は江戸時代後期には「馬の目皿」「石皿」、明治時代には「本業タイル」などの本業製品のベストセラーが生み出されたとの事で、今でも往時の名残りがある工場や陶芸作家の陶房などが数多く点在していて「やきものの里」としてのたたずまいが感じられる町です。
小径に入ってすぐ左手に「窯垣の小径ギャラリー」がありますがこの日は休館で見学する事ができません。やむなく小径を進むと百年前に建てられた資料館が見えてきます。見学無料で休日には町の有志がボランティアで運営している資料館兼休憩所です。
この資料館の建物は元「本業焼」の窯元である寺田邸をそのまま残す形で修正したものだそうです。2棟ある建屋のうち東側の母屋は「本業タイル」をはじめとした歴史・文化に触れるコーナー、西側の離れは休憩所と現在の洞町をビデオなどを上映し紹介するコーナーでこの日は母屋を担当した元気のいい90歳のおじいさんが味のある地元のなまりで事細やかに説明してくれました。(いつまでもお元気で・・・)
また隣の休憩所では別のおじいさんが待ち構えていてくれて涼しい座敷に招かれ冷たいお茶を頂き一息つくことができました。地元の方々には親切にして頂き、ほんとうに感謝の気持ちで一杯です。
小径を奥に進むと今でも火が入ってい稼動している本業窯があります。散策マップの最東、最奥に位置し登り窯の構造などを見学することもできます。
この本業窯は内部も見る事ができ、実際にこの日も一人の職人がせっせと轆轤(ろくろ)を回す姿が見られました。登り窯は焚口から始まり捨て間、一の間、二の間、三の間、四の間と四連房でできていて主にすり鉢やかめなどの製品を焼成しています。実際に窯内も見学する事もできます。
昔、生まれ育ったみちのく青森で陶磁器を総称して「瀬戸もの」と呼んでいた事を思い出します。資料館のおじいさんから聞いた話ですと名古屋から西ではそのような呼び名は存在せず主に東方面から北部にかけて「瀬戸もの」と呼ばれていた事をしっかり頭に焼き付けて散策の帰路に着きました。
帰りの町並みを散策しつつ再び瀬戸蔵に戻り食事は併設されている窯場食茶房「蔵所」で「ひつまぶし」を堪能し瀬戸蔵ミュージアムを見学することとしました。この日は「せとでん」瀬戸電鉄の特別展示も行われていて往時の町並みをそっくり展示してあるのには非常に驚かされました。なかでもあの巨大で非常の重い本物の瀬戸電の車両をどのように展示したかをクイズ方式で紹介しているコーナーがあり、その答には驚かされました。答は是非現地で・・・必見ですよ。
9月の最初の休日のこの日は爺ちゃまの散策心をくすぐる瀬戸めぐりとなり充実した一日となりました。余裕があったらもう一度訪れてみたい町のひとつとして記録する事となった事は言うまでもありません。

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