宇津ノ谷の集落
爺ちゃまのあちこち見てある記「時代屋」 >>地図
〜静岡市「旧東海道 宇津ノ谷集落」

宇津ノ谷集落は岡部宿と丸子宿の中間に位置し往来する旅人が休憩した集落で当時の立場茶屋であった。

御羽織屋などの歴史的な町並みが今でも当時の雰囲気を色濃く残したままひっそりと残されています。
※毎年8月23日、24日に慶龍寺で開かれる「延命地蔵尊縁日」には厄除けのお守りとして「十団子」が売られ多くの観光客で賑わいます。また、この宇津ノ谷集落では毎月第1日曜日に朝市が開かれ大いに賑わいます。

静岡から来た旅人が丸子宿を過ぎほどなく疲れを感じて、さあこれから峠を越えるぞ!と意気込んだがさすがに目の前に迫った壁のような大峠を見て、しからばこの辺で英気を養うか・・・と草鞋を脱いだ処がこの「宇津ノ谷集落」ではないでしょうか?また、有名な松尾芭蕉の「奥の細道」を思い起こすこの風景は宇津ノ谷峠直前より丸子宿方面に見た風景です。この日の暑さで霞んで見えたのは私だけでしょうか!

地元の案内所での通称「岩」と呼ばれているこの場所は車でうっかりすると通り過ぎてしまう程目立ちませんので注意が必要です。 観光客の多くがこの「岩」からの写真を撮るとの事で私もご多分に漏れずパッチリ頂きました。歩道とも車道とも尽かないこの路地は白いタイルが敷き詰められており、写真のように緑とのバランスがものの見事に相まって美しい風景に仕上がっていますね。きっと秋口には左に流れているせせらぎに朱や山吹色が映って尚一層の風情を醸し出してくれるでしょうね。

昔ながらの屋号を軒先に掲げた街並みが当時の面影を今に残しています。
東海道難所の一つであった宇津ノ谷峠はうっそうと杉や楓が茂りましてやかなりの勾配の上り道に憚られ当時の旅人を悩ませたそうです。この集落はそんな峠の目の前にあり数える程の戸数でしたがりっぱに旅籠の役割を果たしていました。私が訪れた日は人影も少なく午後にも関わらず日差しのきつく家内と二人で「我慢」の旅となりました。

集落の中ほどにある石川家はかつての立場の茶屋だったそうです。天正年間(天正18年)この地を通ったかの大公「豊臣秀吉」が、この石川家にお泊りになりその際に馬の草鞋を作って差し上げた事でお礼にと授かった御羽織がいまでも保存されておりました。拝観は有料ですがこの家のおばあちゃんが懇切丁寧に説明をしてくれるのがうれしいですね。

ここの集落の住民はとても親切でまた気軽に声を掛けてくれる方もいました。私たちが訪れた時は軒先でのんびりと座談会?を開いていたご婦人達が歓迎してくれました。車を置いた場所が良くなかったせいか行ったり来たり何度も行き来しなければならずその度に「こんにちは」などと気の毒な思いをさせてしまった。この集落は全長で数百メートルしかなく歩いてもほんの数分で村外れに辿り着いてしまう程である。

宇津ノ谷集落を通り過ぎ(上りきりが正しい表現かも)左に竹林が見えて来ます。その竹林の中に旧東海道の入口があります。もちろん集落を貫いている路地も東海道ですが、この道は当時のままの姿で現存している東海道そのものなんですよ。なにを血迷ったか次に紹介する「明治トンネル」に行くつもりだったはず?なんだが!夫婦二人で”えっちらおっちら”なっなんと峠途中まで足をガクガクさせながら上ってしまたんです。気が付くのが遅く眼下に見えるはずもない「明治トンネル」を見てしまいました。・・・・という事は?いやはや参った参った、ガックリと下ったのは言うまでもありません。

明治初期に開通した宇津ノ谷峠にある日本で最初の銭取り(有料)トンネル。明治37年に再開通をしており赤レンガの内壁と坑道内のランプが文明開化の雰囲気を今に伝えています。
※トンネル入口にはトイレや車椅子用の駐車場もあります。


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